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私のモーツァルト(シリーズ その2)

もう1つの出会い

 先月の稿で述べたベルリン・ドイツオペラの来日と同時期と記憶しているものの、どちらが先だったかは実は定かではないのだが、1960年代の中頃、NHKラジオで確か「夏の夜のモーツァルト」という番組が放送された。高校生の夏休みの時だった。シリーズ物で、一週間ぐらい毎日セレナードとディヴェルティメントばかり集中的に放送され、華やかで美しくキラキラした音楽に魅せられて、これを毎晩熱心に聴いたものだった。その中で妙に記憶に残ったのが「ハフナー・セレナード」だった。高校生の分際でどのようにお金を工面したのか記憶にないが、「ハフナー」という名前だけを番組から聞き取り、翌日レコード屋に行って「ハフナーを下さい」と言って買った。レコード屋のオヤジは確認もせず、ハフナーはハフナーだが、ハフナー交響曲を売ってくれた。お陰で私は家に帰ってから、ハフナーには2曲あることを知ることになった。

 力作にも係わらず、音楽評論家からは必ずしも名曲とは言われないハフナー・セレナードだが、その何が私を捉えたのであろうか。セレナード、ディヴェルティメントという祝典音楽。その輝かしさか。その美しい調べか。或いはそれらが醸し出す華やかなロココの世界か。どれもこれもそうだったろう。どれもこれもが私を捉えたのだ。それは、正に夏の夕べの音楽。はるか遠く過ぎ去ってしまった、なつかしいロココの夕べ。だが、その華やかで美しい音楽を聴き進めるうちに、その繊細なヴァイオリンの響きの中に、そっと忍び込む哀調の調べが聴こえてはこないだろうか。それは何も短調楽章に限らない。華やかで美しいにも係わらず、或いは、むしろその故にと言うべきか、華やかさと美しさが極まり、悲しみが現れる。それはあれこれの悲しさではない。ある本質的な悲しさ、人が生きることの悲しさだ。多分、私はそれを聴いてしまったのだ。

 美しいヴァイオリンの音。キラキラ光り輝く音たち。それらは、はるか上空に舞い上がる。そのきらびやかな美しさは、なんとまあ、生きることの悲しさを感じさせることか。人は皆生きることの悲しさを背負って生きていかねばならない。では、人は何故生きるのか。これがモーツァルトの全作品を流れる通奏低音であって、彼の音楽はこういうことを感じさせる稀有な音楽である。一度こういう感じで掴まれると最早離れることができなくなる。私は音楽の専門家ではないので、吉田秀和氏のように、「音楽のここがそうだから、そう感じるのだ」という説明はできない。自分の実感を述べることができるだけだ。

 数年後、小林秀雄の「モオツァルト」を読んでいて、1つの文章に行き当たった。「(モーツァルトの音楽は)萬葉の歌人が、その用法をよく知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい」。彼の「モオツァルト」は、現在では、事実に誤りがあるとか、短調に偏っているとか、オペラを無視しているとか批判され、甚だしきは、「ハシカのようなもので一度は罹るが最早克服された」などと言われるが、この「かなし」を超える形容がその後現れたであろうか。勿論モーツァルトの音楽は多様である。人生が多様であるように多様である。その全体を表現することは難しい。「人生そのもの」としか言えないのかも知れない。しかし、一面とは言えモーツァルトの音楽の本質をこれ程鋭く切り取った形容は未だ出現していないのではないか。その意味で、今なお凌駕されることのない不滅のエッセイである。なお、付言すれば、小林が「モオツァルト」で最も精魂を込めたのは、おそらく、あれこれの内容よりも、エッセイ全体を貫く文体とトーンだった。そして、それらが醸し出す色調が彼の捉えたモーツァルトの正体を遺憾なく表現している。

 美しい桜の花を見てその美しさよりも、はかなさ・悲しさを感じる日本人の心。生きることの悲しみとは、正に日本人の心。そのような日本的感性の持ち主が、西洋音楽の発展の真只中に出現したということは、実に驚くべき不思議なことではあるまいか。

K465小澤純一
 

※2014年10月発行「協会だより♯63」より